最高裁判所第三小法廷 昭和22(れ)175 判決
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人位田亮次上告趣意書第一点は「原判決は理由不備の違法あるものと信じま
す。原判決の事実理由に依れば被告人は犯意継続の上昭和二十二年五年三十日頃午
前一時頃と翌六月五日午前一時頃の二回に亘り群馬県群馬郡a村大字bA方外一名
の何れも軒下から同人外一名所有の中型中古リヤカー二台を窃取したものであると
あります。然し乍ら右判示だけでは、本件窃取に係る中型中古リヤカー二台が夫々
誰の占有に係るものであつたか全然窺知することが出来ません。凡そ盗罪の構成要
件として其の目的物が刑法第二百四十二条の例外を除き、他人の所有に属すること
を要するのは勿論ですが、而かも単に夫れだけでは足りないので右目的物が他人の
事実上の支配内に在り、行為者が其の支配を侵して之を自己の事実上の支配内に移
したことを必要とするのであります。蓋し是れ、盗罪の本質が占有の侵奪にあつて、
自己の占有する他人の物を侵奪するとき、横領罪を構成する場合は別論として、何
等窃盗罪を構成するものでないからであります。以上の理由に依つて、窃盗罪の目
的物が他人の占有に係るものであることは窃盗罪の特別構成要件であり、刑事訴訟
法第三百六十条第一項に所謂「罪となるべき事実」に該当することは極めて明かで
あります。従て、窃盗罪を以て問擬する所以の事実理由を判示するに当つては、其
の目的物が他人の占有に係るものであることを判文上明示しなければならないので
あつて、若し此の点が不分明であれば判示事実が窃盗罪を構成するか如何か全然判
断するに由なき結果となるのであります。然るに原判決は、冒頭掲記の如く被告人
が窃取した判示物件が他人の占有に属するものであるか否かの点に付全く之に触れ
るところがなく、原判決理由のみでは本件が窃盗罪を構成するか否か全く之を窺知
し得ないのであります。而かも右の点に付、本件記録を仔細に検討しても、原審は
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何等之を審理した形跡がありません。盗罪の本質が占有の侵奪であることに鑑みる
とき、原審は斯かる重要な事実に付て審理不尽の譏りあるものと謂ふべきであつて、
延て判文上本件物件が何れの占有に係るものであるかを明確ならしめることの出来
ない結果となつたと云つても過言でありません。結局、原判決は理由不備の違法あ
るもので破毀せらるべきものと信じます」と云ふのであるが。
窃盗罪の成立するには、所有権の侵害の外更に占有の侵害を必要とすることは所
論の通りであるが、原判決は、被告人は「A外一名の何れも軒下から」同人外一名
所有の中型中古リヤカー二台を「窃取」したものであると判示している。自家の軒
下におかれた物は、その実力支配の下にあり、従つてその占有に属するものである
から、該リヤカーがA等の所有に属する外その占有に属するものであつたことを明
示したものと云える。しかも原判決に挙示する証拠によつて、判示犯罪事実は十分
これを認定し得るから、論旨は理由がない。
同第二点は「原判決は不適法の証拠を断罪の資に供した違法あるものと信じます。
原判決は本件事実を認定するに至つた証拠として被告人の当公廷に於ける判示同趣
旨の供述と、A、Bの各提出に係る被害始末書中夫々関係部分に関し判示に照応す
る被害顛末の記載とを挙示してゐます。依て右各証拠が適法のものであるか否かを
検討して見ると、右の中A並にBの各提出に係る被害始末書は刑事訴訟法第三百四
十条、同第三百四十七条所定の証拠調の手続が履践せられてゐないのであります。
即ち原審公判調書を閲するに、其の証拠調に於て、裁判長は証拠調をすると告げて
一、司法警察官意見書一、各被疑者訊問調書一、各被害届書一、還付品受書一、原
審公判調書との記載があつて前記A並にB各提出に係る被害始末書に付ては証拠調
をした形跡全然之を認めることが出来ません。抑々、判決に於ける犯罪事実認定の
資料となるべき証拠は、凡て公判廷に於て適法な証拠調を経たものでなければなら
ないことは我が証拠法の大原則であること今更贅言の要を見ないのであります。公
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判に於て適法な取調を経ない証拠書類は縦令裁判所が之を占有し、又は当該訴訟記
録中に在る場合であつても之を事実認定の資料となすことは出来ません。換言すれ
ば、証拠書類は公判廷に於て之を朗読し又は其の要旨を告げ(刑事訴訟法第三百四
十条)且、裁判長は各個の証拠に付取調を終へたる毎に被告人に意見あり否を問は
なければならない(刑事訴訟法第三百四十七条)等法定の手続を履践することを要
し、其の規定に違反する限り之を証拠として犯罪事実を認定することは出来ないの
であります。然るに原判決が採て以て証拠とした本件A並にB各提出に係る被害始
末書は全く前陳の如き公判廷に於ける適法なる証拠の取調を経ないものであつて、
原判決は刑事訴訟法第三百四十条同第三四十七条所定の手続を履践しない証拠書類
を援用し、以て被告人に対し有罪の事実を認定した違法あるものと謂はなければな
りません。尤も原審公判調書中前掲各証拠の中には「各被害届書」なる記載があり、
而かも本件記録中には「被害届書」と題する証拠書類は存在しないのであるから、
右「被害届書」なる記載は「被害始末書」の誤記と看做すべく、従て原判決は何等
前述の如き違法はないのであるとの論があるかも知れません。然し乍ら、所謂「被
害始末書」と「被害届書」とは其の名の示す如く明瞭に区別されるべきものであつ
て、前者は事実関係を明瞭ならしめむが為の陳述要旨を記載したもので直接的には
事実を証明する作用を有するに対し、後者は単に被害のあつたことを陳述した文書
であつて、主目的は被害事実の存否にあつて被害事実の態様如何に係る処がないの
であります。従て事実の陳述たる点に於て両者は同様であつても、其の内容に於て
明瞭な差異があります。本件に於て被害始末書と被害届書とを彼此紛更することは
断じて許さるべきでないと考へます。以上の理由に依り、原判決は適法でない証拠
を断罪の資料に供したことは極めて明瞭であります。加之、原判決は本件判示事実
を被告人の原審公廷に於ける供述と前陳A並にB各提出に係る被害始末書とを綜合
して認定したことが明かてありますから、適法でない右各被害始末書を本件断罪の
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資に供したこと更々明かであり、従て本件事実の確定に影響を及ぼすものでありま
すから、当然破毀せらるべきものと考へます。」と云ふのであるが。
被害届書と被害始末書の観念上の区別はともかく、原審第一回公判調書中の証拠
調べの項に記載してある各被害届書が、A及びBの各提出した被害始末書と題する
書面を指すことは、記録の上に他に紛はしい書類が無いから、明白である。従つて
原判決が該被害始末書を証拠として断罪の資に供したことに違法はない。よつて論
旨は理由がない。
以上の理由は、裁判官全員一致の意見であるので、刑事訴訟法第四百四十六条に
よつて主文の通り判決する。
検察官十蔵寺宗雄関与
昭和二十三年二月十七日
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 長 谷 川 太 一 郎
裁判官 井 上 登
裁判官 庄 野 理 一
裁判官 島 保
裁判官 河 村 又 介
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